
【周辺まち情報】志賀直哉や谷崎潤一郎などの文豪が集った地
フランスではカフェと呼ばれる場所で知識人たちが集い、社会的、政治的、文化的な交流や議論がなされました。
こちらは、横浜のホテルで修業した奥田駒蔵が開業した、西洋風のバーを兼ねた西洋料理店でした。
日本でも文豪たちが集い、交流を深める場がありました。
それが、日本橋小網町、兜橋のすぐ近くにあった「メイゾン鴻乃巣」です。

ここに高村光太郎や武者小路実篤、志賀直哉に谷崎潤一郎など、数多くの文化人らが集い、交流していました。
2階が座敷となっており、日本橋川を見下ろすこともできたそうです。
歌人の吉井勇によると、谷崎潤一郎とともに酔いつぶれて夜を明かしたり、里見弴が酔って志賀直哉らに介抱されたりしていたようです。
そんなメイゾン鴻乃巣ですが、大正三年に現在の日本橋一丁目である食傷新道に、さらに現在の京橋二丁目である京橋区南伝馬町三丁目へと移転し、大正十四年に閉店しました。
創業の地には現在では大きなビルが建っています。

かつての文豪たちと同じ景色を見ることはもうできませんが、同じように日本橋川を見下ろし、『城の崎にて』や『細雪』などの作品を残した彼ら自身について思いを馳せるのもよいのではないでしょうか。